結構女々しいのかもな、俺…… by悠真
著者:高良あくあ
*悠真サイド*
午後の講演は、まぁ、午前中よりは面白かった。岩崎さんの話はそれほど科学に詳しくない――せいぜい授業で習う程度の知識しかない俺達でも興味を持てる内容だったし、部長辺りはもっと専門的な意味で面白いと感じていただろう。
講演が終わった後、俺達は部長と仲良くなってしまったらしい岩崎さんの案内で、資料室なる場所を見学していた。
この会場で行われたイベントの記録やら何やらが保管されている。やはりというべきか、科学に関係するイベントも多い。コンテストとか。
それをパラパラと捲りながら呟く。
「結局何も起こらなかったな」
「そうですね……それが一番良いのでしょうけど」
「……まぁ、何か起こったりして命がけで切り抜けるよりはずっと良いよ」
海里が遠い目で呟いているのは、あえて無視する。
小さい頃は非現実的な物語に巻き込まれることを夢見たりもしたけど、今は平凡な暮らしを望む。と言うか、そんな濃い日常は中学時代だけでたくさんだ。
「そういえば、部長は一体どこに行ったんだろうな? 岩崎さん、知りません?」
「ああ、夏音ちゃんなら外を散歩してくるって言っていたわ。すぐ戻るとも」
岩崎さんの部長に対する呼称が『躑躅森さん』から『夏音ちゃん』に変わっていることに気付く。
……本当に、何か仲良くなったっぽいな。
しばらくして、部長が部屋に入ってくる。入れ替わりに、用があるからと岩崎さんが出て行く。
「部長、どこに行っていたんですか?」
「理恵さんから聞いたでしょ、散歩よ散歩。それにしても、随分楽しそうね」
「ええ、部長にはもっと楽しいでしょうね」
しばらく、各自で興味のあるものを見て回る。
例を挙げるなら、部長はほぼ全て。海里は主に講演の記録で、紗綾は小学校から中学校のコンテストの作品の方を眺めている。
俺はと言うと、紗綾が見ているコンテストの参加者の辺りを見ていた。あ、後、高校生の部門の方もパラパラ〜っと。
「あ、また部長の名前だ」
思わず呟く。さっきから、ほぼ全てのコンテストの最優秀者の欄に部長の名前が載っている。これは小学校の部門らしいから、数年前のものか。その頃から部長は天才っぷりを発揮していたらしい。
その下の欄に視線を落とし……俺は、思わず目を見開いた。
*紗綾サイド*
「悠真君?」
突然目を見開いて固まってしまった悠真君に声をかける。彼は返事をしない。
「悠真君!」
口調を強くすると、悠真君は驚いたように肩を震わせ、私の方を見る。
その表情は……いつも通りにも見えるけど、どこか強張っている。
「何だよ、紗綾……急に大声出したりして」
「悠真君こそ、どうしたんですか?」
「俺は……別に、どうもしないよ。ただ……ただ、あまりにも部長の名前が多いから、驚いただけだ」
嘘だ。
部長さんの名前が多いのは簡単に想像できるし、今更驚くようなことでもないだろう。
……本当は、分かっている。悠真君がどうして驚いたのかも、これ以上それを訊ねるのは悠真君を傷つけることになるであろうことも。
「先輩。そろそろ駅に向かわないと、電車間に合いませんけど」
灰谷君が声を上げる。部長さんは少し考え、頷く。
「そうね……私はもう少し見て回るわ。ちょっと悠真に見せたいものがあるから、悠真も後ね。紗綾と海里は先に帰っていて良いわよ」
「部長!?」
「分かりました。森岡さんもそれで良い?」
「ええ。また明日です、部長さん、悠真君」
頷いて頭を下げ、海里君と共に部屋を、建物を出る。
……部長さんと悠真君が二人きりなのはかなり気になるけど……それよりも確認しなければいけないことが、今はあった。
*悠真サイド*
「で、何ですか? 見せたいものって」
紗綾と海里が出て行った後で、部長の背に、そう声をかける。部長は振り向かずにあっさりと答える。
「ああ、無いわよそんなもの。ただ、悠真が今は二人と一緒に帰りたくないなーって感じの情けない顔をしていたから」
「していません」
即答するも……部長の言葉には、恐らく間違いは無いだろう。
確かに俺は、二人とは帰りたくなかった。途中で二人に迷惑をかけてしまいそうだった。
理由は……さっき見た資料に書かれていていた、一つの名前にあるのだが。
「……それにしても、本当にお人好しですよね、部長って」
「煩いわね」
部長の声。直後、俺の頭に何か堅いものが当たり、視界に火花が散る。
「痛っ……って、何貴重な資料投げているんですか!」
「悠真が煩いからでしょ!? 後十分くらいしたら見終わるから、外で飲み物でも飲んで待っていなさい!」
「はいはい」
嘆息混じりに苦笑し、部屋を出る。
そして、思う。本当にお人好しな部長だと。
俺の精神が今、若干不安定なこととかも……全部分かっているんじゃないだろうか。
いや、それは無いか。でも、恐らく俺を心配して、一人になる時間をくれたのは確かだ。
「……ここは部長の言う通り、何か飲んで落ち着くか」
自販機は……確か、入り口近くにあったかな。
*紗綾サイド*
「悠菜だよ」
電車とバスを降り、歩きながら。
灰谷君……ああ、もう、これじゃ呼びにくいですね……海里君は、突然そう口にした。
私は答えを知りつつも訊ね返す。
「悠真君が驚いていた原因が……ですか?」
「そう。多分、躑躅森先輩の名前の下に、悠菜の名前があったりしたんじゃないかな」
「ということは、未だに立ち直れていないんですね、悠真君は……」
思わず俯くと、海里君は苦笑。
「普段はそうでも無いんだけど、一度思い出すと長引くだろうね。……まぁ、それもしょうがないのかな」
確かに、そのことで悠真君を責めるわけにはいかないし、そのつもりも無い。あんなに仲が良かったんだから、今普通に生活出来ている方が不思議だ。
……あれ? そう考えると、
「海里君がそれほど落ち込まずに悠菜ちゃんのことを話しているのも不思議ですね」
「うん、僕はとっくに立ち直ったからね。今は別な彼女いるし」
「それもどうかと思いますけど……」
「いつまでも引き摺っているより、前に進んだ方がずっとマシだよ。紗綾ちゃんこそ普通だね」
「ええ、私は悠真君や海里君と違って現場に居合わせたわけでもありませんし……悠真君がいますから」
「その悠真は知っての通りなんだけどね。……と、はい到着」
見ると、私の家。
「あ、すみません、送ってもらったみたいで」
「部活帰りは悠真に送ってもらっているんだっけ?」
「はい」
微笑む。この頃、放課後が楽しみで仕方無い。
そんな私を見て、海里君は面白そうに笑みを洩らす。
「まったく、悠真もあれでどうして思い出さないんだか――じゃ、会えればまた明日だね」
「そうですね、会えるかどうかは分かりませんけど。明日からはまたお互い苗字ですね」
「うん、呼びにくいことこの上無いよ。……それじゃ、また。森岡さん」
「ええ、送って頂いてありがとうございました。灰谷君」
相手が悠真君だったら姿が見えなくなるまで見送るのだけど、今日はすぐに家の中に入る。ちょっと差別かもしれない。ごめんなさい、海……じゃなかった、灰谷君。
あれ? そういえば、部長さんと悠真君、今二人だけなんじゃ……
……明日、悠真君に何も無かったか確認しておこう。
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